しょういち家頁

「ちげーねえ。」と思ってくれた方ー。


(「年末スペシャール」もういっちゃう。びしいっと、これをこそー。)







 ぬ。







 こんばんは。


言語の起源 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
アプローチ(※つづきっス。)

今日の近代語の拡散と多様性を達成するのに要求される時間を推量するために統計学的手法を利用して、カリフォルニア大学バークレー校の言語学者ジョハンナ・ニコールズは、音声言語は少なくとも10万年前に現生人類において現れたと主張している。この発見は、ホモ・サピエンス種が形成されたのと大体同じ時期である中期旧石器時代のサブサハラ地域のどこかで言語が発生したであろうという遺伝学的・考古学的・古生物学的、その他の多くの証拠がそれぞれ独立に支持している。

言語学者たちは「原始的」言語が現存しないことを認める。現在生きている人は皆、少なくとも大まかには、同等の複雑性・表現力を備えた言語を話している。しかしながら、世界で話されている言語はずっと、複雑性に関して同等であり変わらなかったし現在もそうであるという20世紀のイデオロギーはもはや受け入れられない。より近年の研究によって、どのように言語の複雑性が歴史的時間を通じて言語間・言語内で違うのかが調査されてきた。


(ふんむ、たーしかに、最初の最初っから抽象的な、そう、愛とか、勇気だとか、あちらのギリシア哲学のお話のような言葉を用い意思疎通したかと言えば、うーん、そんなん、そりゃーさすがに、ゆうことでせうかー。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

蔵出し、ですかな。


(「年末スペシャール」。びしっと来たぜー。これぞ、これをこそー。)







 え。







 こんばんは。


ニカラグア手話 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
ニカラグア手話(Lenguaje de Signos Nicaragüense、略称LSN、またはIdioma de Signos Nicaragüense、略称ISN)は、ニカラグア共和国において、1970年代から80年代にかけて自然発生的に誕生した視覚言語である。
ニカラグアにおける聴覚障害者の公式の意思疎通手段であり、第一言語として定められている。
世界で最も新しく誕生した言語とされ、また、歴史上はじめて学者たちによって誕生の瞬間が目撃された言語であるとされる。


(ぜーんぜん、まったく、存じませなんだーありがとうございます-。)


FOXP2 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
FOXP2(ふぉっくすぴーつー、英: FOXP2)は文法能力 (grammatical competence) を含む言語発達との関連が示唆されている遺伝子である。


(ようこんなんわかりまするなーびろびろびろー。)


言語の起源 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
アプローチ(※つづきっス。)

言語の進化やその解剖学的な必要性の時間の範囲は、少なくとも原則上は、チンパンジー属 (500-600万年前) からヒト属の系統的多様性 (230-240万年前) から約5-15万年前の完全な現代的行動まで広がっている。

音声的コミュニケーションを著しく欠いていたであろうアウストラロピテクスが概して大型類人猿より洗練された音声的コミュニケーションを行っていたと唱える者はほとんどいない が、約250万年前の「ヒト属」の出現以降の発展については学者の間で諸説ある。原始的な言語様の体系 (原言語) は「ホモ・ハビリス」と同時期に出現したと考える学者もいれば、記号によるコミュニケーションの発展はホモ・エレクトゥス (180万年前) やホモ・ハイデルベルゲンシス (60万年前) と同時期にすぎず、言語の発展は20万年前以内のホモ・サピエンスに似つかわしいと提議する学者もいる。


(たくさんたくさんご紹介くださりーははあー。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

う、お。きゅうに年の瀬感。


(そういいますと、そう言へば、今年は「年末特別」っぽいことをなーんもしてへんなーとも思いますれば、かと言いましてもー、ふうーむ。)


 こんばんは。



言語の起源 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
アプローチ(※つづきっス。)

言語の発生はヒトの先史時代にまで遡るので、関連する発展は歴史的痕跡を残していない。今日同等の過程を観察するのも不可能である。

それにもかかわらず、近代において新しい手話―例えばニカラグア手話―の発生が、言語の発生に必然的に伴う発展の段階と創造の過程に関する知見をもしかしたら供給してくれるかもしれない。

もう一つのアプローチは初期の人類の化石を調査し、言語使用に対する肉体的な適応の痕跡を探すというものである。絶滅した人類のDNAが見つかると、言語に関係する遺伝子―例えばFOXP2―の塩基配列をホモ・サピエンスのそれと比較することが有益となるかもしれないと考えられる場合もある。

さらにいま一つの、考古学的なアプローチでは、一般的な記号から特殊的な言語への発展に関する推測を正当化する論理的な主張が発展している一方で、ボディペインティングに用いる黄土色顔料の採掘や修正のような考古学的痕跡を残す (繰り返し行われる儀式的活動のような) 象徴的な行動を頼りにする。


(たくさんたくさんご紹介くださりーありがとう存じまするー。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

戻る。Back.

むずかしひ言葉っスー。


(そして「連続性理論をとる人々の多くは言語が初期の人の歌う能力から発展してきたと想像する。」とありまして、ええ、昨日の表題に用いさせてもらいましたが、うーんむ、これを想像してみますとき、なにやらミュージカルっぽいことになりまして、色鮮やかな衣装のおにーさんおねーさんらが、手足を伸ばしつつくるくる回転しつつ全身でよろこびを表しつつ、そう、踊りつつ歌いますよーゆう、ファンタスティックな場面を思わず想像してまうんスけどもー。)


言語の起源 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
アプローチ(※つづきっス。)

言語の発生を何らかの社会的変化の結果とみなす人々は連続性か非連続性かという対立を超えた立場に立つ。
ここでいう社会的変化とは先例のないレベルでの公共的信託が生まれることによってそれまで休眠状態に置かれていた言語的創造を成す遺伝的能力を開放するようなものである。
「儀式・発話の共進化理論」はこのアプローチの一例である。
こういったグループに属する学者は、チンパンジーやボノボでも、野生状態ではほぼ使わないとはいえ、記号を使う能力を潜在的に有しているという事実を指摘する。


(ぷひぃー。とん、とん。)

歌が先、詩が後、スか。


(「霊長類」が、「連続性」の説明内に頻出するのであります。「ヒト以外の霊長類の中で先駆者を特定することを考えようとせず、」「霊長類のコミュニケーションからではなく、それより著しく複雑である霊長類の認知能力から発達してきた」「言語は音声ではなくジェスチャーによる霊長類のコミュニケーションの認知的に制御された側面から発展してきた」などなど、つまり、あ、「つまり」だなんて偉そうだな、さーせん、俺のつたないしょぼしょぼ理解で申し上げますと、「連続性」の意見を採用しますと、「ふんむ。ほんじゃーヒト以外の霊長類も、チンパンジーやゴリラやオランウータンなども、いずれ『言語』を獲得する可能性もあります、と言いますか、もっと言いますと、それは時間の問題に過ぎませぬとも、そうと考えることもできる、理論的にそう考えることにもなりまするが、それでもよろしいスか」と、すかさずそんなお話になりますよね、そうして霊長類の「認知能力」なるものにどうやら注目するわけですけれども、ふんむー、さーせんー、俺なんぞにゃーようわかりませぬー。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

ぶわりと冷気。


(昨日のお話の冒頭に「連続性に基づく理論は近年大多数の学者が唱えている」とあります。ちうことは、「不連続性」よりか「連続性」のほうが、あー、なんといえばいいのでせう、「当たってる」っぽいということなのでせうか。そうしてどうやら俺も「連続性」のほうに傾いていますのでありまするー。)


 こんばんは。


(それはなぜか。俺が「んー。俺も『不連続性』よりか『連続性』支持なんかなー。」と思ふ理由はなんなのでせうか。それはずばり、

直感

です。そうとしか申し上げようがありませぬ。他に理由が見当たらぬ、「直感スよ」としか言いようがありませぬ、ということでもあります。)


(ですが「直感」、あ、「直観」でのーて「直感」を、軽視しちゃーなりませぬ。なんせなぜならあらゆるひらめきは直感からです、ですよね。他にも多くのことが直感に始まるのです、ですよね。)


(んが、ですが、とは申せ、「直感」たあちょくちょく外れますけども。ええ、結構な頻度で外れますね。しかも大外しします。それが大事な、重要なことででも。たとえば地球が、地表面がもんのすごい速度で、そうです、一日で一周、ぐるーんと周回してまう勢いで動いているんですぜーなんざー、「直感」でわかるはずもありませぬ。「直感」のしよーがありますめーよー。ですんで「直感」は大事、大切にすべき、んだども、頼りすぎるんは危険、あ、そうか、これぞ「アポリア」かもって、んー、違うかも、どうスかー。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

これから日がなごうなってゆく、はず。


(あー、こりゃー12月21日にすでに載せてもらってましただー。)


 こんばんは。


言語の起源 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
アプローチ(※まるっと再掲っス。)

連続性に基づく理論は近年大多数の学者が唱えているが、発展をどのように把握するかに関しては諸説ある。

言語を概ね先天的なものだとみなす人々の中には、―特にスティーヴン・ピンカーは—ヒト以外の霊長類の中で先駆者を特定することを考えようとせず、単に言語機能は通常の漸進的な方法で発展したに違いないという考えを強調する者もいる。

言語を概ね先天的なものだとみなす人々の中には、―特にイブ・ウルベクは—言語は霊長類のコミュニケーションからではなく、それより著しく複雑である霊長類の認知能力から発達してきたと述べる者もいる。

マイケル・トマセロのような言語を社会的に習得されるコミュニケーションの道具とみなす人々は、言語は音声ではなくジェスチャーによる霊長類のコミュニケーションの認知的に制御された側面から発展してきたとみなす。

音声的な面での言語の先駆者を考える際には、連続性理論をとる人々の多くは言語が初期の人の歌う能力から発展してきたと想像する。


(「不連続性」に続き、「連続性」を説明してくださってるんスねー。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

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♪シャヌシャヌシャヌシャヌ


(「ノーム・チョムスキーは不連続性理論の卓越した唱道者」とのことですし、彼の理論を紹介いただいていますので、俺なりにも、へっぴりへっぴり、もんぐもんぐ咀嚼(そしゃく)せにゃーと思ったんスけど、あの、不図(ふと)思ったんスけど、このお話って、他の進化のお話にも通じると申しますか、他のことにも用いることができそうな、そうですね、例えばご先祖さまが牛の乳を飲めるようになり、栄養を取れるようになり、やがて集団内に、そうして人類全体に広がっていきましたーゆう、そんなお話とも、あー、違いますでせうかー。)


 こんばんは。


(彼の主張の前提もまた、そう考えにゃーしゃーねーと、どーにもなるめーよと、「漸進的な変化の方法が存在しないのでヒトの言語機能の進化は跳躍進化であるという主張」で、「不正確な類推ではあるが、ヒトにおける言語機能の形成は結晶の形成に似」るとしているのですね。ふうーむ、どうなんでせうかー。たしかに仰せの通りのようにも思いますし、同時に違うような気もー。ですんでさーせん、わかりませぬー、なんとも申せませぬー。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

どっひゃー。


(あの、「ふんむ。本日はクリスマス・イヴ・イブだべなー。」と思い、「あ。そういやーこの『イブ』っちゃーなんですかいのー。」などと思い立ち、ちょい調べましたならば、な、な、な、なーんと、俺の認識が根っこからごっそりまちごうとった、おそらくあなたも、いや、あなたはどうかわかりませぬが、ですがそれでも多くのひとが間違えている、勘違いしているのではあるまいかーゆう、ええ、こ、こいつあ、ごっつう、うんめえごふごふごふうー。)


 こんばんは。


(と申しますのんは、この「イブ」ゆうんは’evening’のことでして、ん、まあ、これはご存知の方もようけいることかと存じますが、肝心なことにゃーその意味でして、その意味っちゃー「前日の夜」でのーて「当日の夜」ゆうことらしいんスよ。ええ、これを、これをこそ、あなたはおわかりになられていましたか、俺とおんなじように「前日」と認識してませんでしたでせうかー。)


(「教会歴」ゆうこよみがありまして、これがユダヤ歴ゆうんを継承しているとのことなんですが、俺はそんなこんなも存じませなんだですが、この暦は日没が日付けの変わり目になるんですとのことで、つまり、24日の日没後の夜は、すでに25日になっているんですと、ですんでもう25日のクリスマスの当日なんですよと、どうやらそーゆーことなんです。ぷひぃー。)


(てなこって、冒頭に戻りますと、「前日の前日」的に「イブ・イブ」ゆうんは間違いでして、そんなんゆわへんゆうことのようでして、まあ、これは他のことでも従前から申しておりますが、たとえ間違いだとしても、それでもなんらかの他の理由があり、使うっちゃーそれもいいと存じまする、はい、それも「あり」(※ここでアリを連想、はたまたモハメド・アリが横ステップで挑発、あ。)、ですが、んだども、間違った使い方なんですよーゆうことを知ったうえで使うのかどうかで違ってくるのかも、また、はじめてそれを知るひとは、それを間違った使い方だと知らないわけで、とまあそんなこんなで、いずれにしましても、扱いがけっこうなかなかにむんずかしひことなのかも知れませぬ、とかなんとか、おお、本日は閑話休題になりもうした、それもまたまあまあまあ、だって少なくとも俺にとりまして、結構な衝撃のでっかさだったんですものー。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

冬至。とうじ。


(各説につきまして、俺がどんなんだか、なーんか考えたことが、く、そんなんをちょっとだけでも書かにゃーなるめーよと思ふのです、けれども、んだども、んー、あまりにもわからぬ、わからなすぎ、んだどもべなー。)


 こんばんは。


(んー、とりあえず、言語の起源につきまして、どうやって言語なるものが現れたか、その考え方に三つの大きな流れがありますよと、すなわち「連続性」「不連続性」「社会的交流起源説」に分けまして、「連続性」は俺らの先祖の先祖の霊長類の時から、なんだかんだで生まれてきたはずだと、なんとなれば言語なる複雑なもんがいきなり突然現れるっちゃー、そんなんあまりにも不自然、無理があるべさーという考え方、「不連続性」は「連続性」の正反対、言語なるものがあまりにも特徴的、ヒト以外の動物にありませぬ、ゆうことは、こりゃーもう全く突然に現れたと考えるっきゃあるめーよとする考え方、そうなんスよ、入り口からして正反対の立場を取る考え方に別れっちゃうんスね、ふんむー、んで、「社会的交流起源説」はもちっと後にお話することにしまして、まーんず、「連続性」と「不連続性」をもちっと掘り下げるんスけど、本日はこれまでえーがらがらがっしゃーんーんーんー。(←深く考えませぬよう、しやーす。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

うお。ぬくひ。


(ああ、丸写しかよと、そんだけかと、自分が、悪い顔の自分が、く。)


 こんばんは。


言語の起源 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
アプローチ(※続きっス。)
連続性に基づく理論は近年大多数の学者が唱えているが、発展をどのように把握するかに関しては諸説ある。

言語を概ね先天的なものだとみなす人々の中には、―特にスティーヴン・ピンカーは—ヒト以外の霊長類の中で先駆者を特定することを考えようとせず、単に言語機能は通常の漸進的な方法で発展したに違いないという考えを強調する者もいる。
言語を概ね先天的なものだとみなす人々の中には、―特にイブ・ウルベクは—言語は霊長類のコミュニケーションからではなく、それより著しく複雑である霊長類の認知能力から発達してきたと述べる者もいる。

マイケル・トマセロのような言語を社会的に習得されるコミュニケーションの道具とみなす人々は、言語は音声ではなくジェスチャーによる霊長類のコミュニケーションの認知的に制御された側面から発展してきたとみなす。
音声的な面での言語の先駆者を考える際には、連続性理論をとる人々の多くは言語が初期の人の歌う能力から発展してきたと想像する。


(ぷひぃー。とん、とん。)

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久しぶりの記述法。「法」じゃねーか。


(ああ、落ち着け、落ち着くんだ、俺、まるっきり、てんでわからぬと言って、ふんぎゃーぐわごえ〇×△□#$%&~といって、く、くく。)


 こんばんは。


言語の起源 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
アプローチ(※続きっス。)
ノーム・チョムスキーは不連続性理論の卓越した唱道者だが、この問題に関して彼は同僚たちの中で孤立している。
約10万年前に言語機能 (心―脳の構成要素) が「瞬間的に」「完全」もしくは「ほぼ完全」な形で出現するような進化の一度きりの突然変異が霊長類の一個体に起こった、と彼は主張している。続いて哲学的主張が手短に行われた。

まず、進化について知られている者から、一個体における偶発的な遺伝的変化によって種のいかなる生物学的変化も起こり、そうした変化が交配可能な集団内で広がっていく。

第二に、言語理論の計算機的観点から:求められる唯一の能力は心の再帰的データ構造 (いわゆる離散的無限の性質、人の心に特異的に表れる) を構成・処理する認知能力である。ヒトの心に離散的無限という性質を付与するこの遺伝的変化は (Nを定数として) Nまで数え上げることができるなら無限に数え上げることができる (つまり、Nまで構成できるならN+1も構成できる) ことになる、とチョムスキーは主張している。
このことは、論理的事実の問題として心が決まった数までしか数え上げられない状態から無限に数え上げられるようになる漸進的な変化の方法が存在しないのでヒトの言語機能の進化は跳躍進化であるという主張を前提としている。

不正確な類推ではあるが、ヒトにおける言語機能の形成は結晶の形成に似ている。離散的無限は霊長類の過飽和状態の脳における種結晶であり、一たび一つの小さいがしかし決定的なかなめ石が進化によって生まれると物理的法則によって今にも発展してヒトの心にならんばかりになる。


(ぷひぃー。とん、とん。)

期せずして。


(ああ、あの、もうこんなけでも、ごはんもりもりーばふばふー。)


 こんばんは。


言語の起源 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
アプローチ
言語の起源に対するアプローチは、何を基本的な前提にしているかによって分類することができる。

「連続性理論」は、言語は複雑なので何もない所から急に完全な形で言語が現れるのを想像することはできないという考えに基づいている。言語は、私たちの祖先の霊長類の間で言語に先立つ前-言語的体系から発展してきたに違いない、とされる。

「不連続性理論」は、逆の考え、つまり、言語は他に類のない特徴なのでヒト以外の動物の特徴と比較することはできないし、そのため人間の進化の過程で全く突然に現れたに違いない、という考えに基づいている。

もう一つの異なる理論は、言語が概して一般的に符号化された生来の能力であると大抵みなしている前二者と違い、言語を主に文化的な、つまり、社会的な交流を通じて習得される体系だとみなす。


(ぷひぃー。とん、とん。)

不図。


(あ、あの、またも「ふと」、思っちゃったんスけど、しばらくのちんなって、こんなん思いつかなきゃよかったーと、滂沱(ぼうだ)のあれを、ずんるずるずると流す自分の姿が浮かんでるんスけど、ええ、たったいま、ですが、「口承(こうしょう)」っちゃーどんなんなんだらうと思いつきまして、すなわち、「文字」はちょっと脇にどっこらせいたしまして、「言葉」を、口を使うそれを、ひとはいつから意思疎通の手段として使うようになったんだらうと、それはどうやって始めたんでせうと、とまあそんなこんななんですー。)


 こんばんは。


言語の起源 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
言語の起源では、ヒトにおける言語の起源について記述する。
言語の起源は広範に議論される話題である。人類の進化史において、言語が最初に起こったのは、どのように、なぜ、いつ、どこでなのかに関して、数多くの仮説が存在する。
1990年代初頭以降、「言語の起源」の解明に新しい方法でとりくむ言語学者、考古学者、心理学者、人類学者その他の専門家の数が増加している。


(ははあーありがたやありがたやーははあー。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

洟。


 こんばんは。


先史時代 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
定義(※つづきっス。)
先史時代における人類の歴史は、記録された編年的歴史だけでは判断することは不可能であり、もっぱら遺跡や遺物などの発掘を通じた考古文化的分析から得ることになる。

先史時代の終わりについても、有意な学術的歴史記録が発生する時期という点で見る限り、地域ごとに異なってくる。
例えば、エジプトは紀元前3200年頃には記録が作られ始めるために先史時代は終焉したと言えるが、
ニューギニア島は同様の意味では紀元後の1900年前後に先史時代を終えたと言わざるを得なくなる。
アメリカ大陸についても、以前はクリストファー・コロンブスによる発見以前を「先史時代」と扱うこともあった。

アウグスト・シュライヒャーとフリードリヒ・マックス・ミュラーは言語学の観点から先史時代と有史時代を区分した。
これによると、先史時代の言語とは単独の音節を並べるような状態から膠着や屈折などの形態を持つに至る段階であり、これが権力の発生とともに文法の整理など共通言語としての体裁が整いつつ文字言語が成立したという。
マラメルによると、これらは人間集団の知性が言語に及ぼす変化について、法則的に説明する試みである。


(ははあーなにとぞなにとぞーははあー。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

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鼻水ぬるんと放置プレイ。


(するかいっ。)


 こんばんは。


先史時代 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
定義
定義において文書記録が無いとされる先史時代は、それを取り扱う際に時代の見極めが特に重要となる。しかしはっきりとそれを断定できる手法は19世紀になるまで開発されていなかった。


そのため、初期の先史時代研究は、発掘・地質および地理調査・自然や文字を持たない民族の習慣を分析するなどの、考古学や形質論的人類学に頼らざるを得なかった。

また、遺伝学者による人口分布や歴史的な言語学もこの研究に見識を提供した。

文化人類学は婚姻や貿易の起源や波及の様子を知らしめ、先史時代の人類がどのような文化背景の中にあったかについて豊富な情報を提供した。

この他にも、古生物学、生物学、花粉学、天文考古学、比較言語学、人類学、分子遺伝学など多くの自然科学・社会科学が先史時代分析に情報をもたらした。


(ははあー仰せのままにー。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

鼻をほじってもいっスか。


(てな乾燥ぶりっスー。)


 こんばんは。


先史時代 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
概要(※つづきっス。)
「先史時代」と「歴史時代」を明瞭に区別する基準は、その時期に記された文献の存在有無による。文字が初めて用いられたのは地域によって異なるが青銅器時代後期から鉄器時代中期の頃と分析されており、この時期から地域的な有史時代が始まる。しかし、先史時代と有史時代との間には神話や伝承など口述記録が伝える「原史時代」または「中間時代(Intermediate Age)」 も置かれる。そのため、歴史家は文字記録だけに頼らず、考古学に代表される自然科学や社会学的分析を取り入れて、太古の歴史に対する解析を行う。


(あ、あの、俺なんかにゃーとっても大変そうですねーくらいしかー。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

ス。


(Wikipedia「先史時代」のことなんですけども、ですがさすがに何度も繰り返し引用させてもらっていますんで、今後は短めに、俺が気になる箇所を中心にお話を進めて参りたいと存じ、は、なんスか、んなこと言って、また丸ごと使わせてもらうんだらうとおっしゃらりるれ、な、なんということをっ。)


 こんばんは。


先史時代 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
概要
先史時代の対象範囲は、定義に忠実ならば宇宙開闢以来の時間範囲が該当する。しかし一般的には地球上で生命誕生が起こってからの時代が取扱われ、特に人類が出現してから以降と捉えられることが多い。


(ふんむふむふむ、なるほど、なるほどでございまするー。)


この人類発祥後の時代は三時代法というそれぞれの時に使われた主要な道具類の種類に基づく石器時代(旧石器時代、新石器時代)、青銅器時代、鉄器時代という連続した時間ごとの時代区分が用いられ、それ以前は地層が形成された時期を元とした層位学的地質記録に基づいて地質時代単位で分けられる。

ただし、マカリスターなどは石器時代に先行する加工性に優れる木材を利用した木器時代を提唱し、また人類史において道具を使わない時代というものも想定される。また、新石器時代と青銅器時代の間に銅器時代が入る場合もある。


(ずばずばずばりんこ「(英語版)」こうげきぃー。あ、さーせん、あの、いつものように、非難や批判などじゃー決してありませぬ、念のためー。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

そりゃお約束かってそっス。


先史時代 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
先史時代(せんしじだい、英: Prehistory、羅: præ=の前 + 希: ιστορία=歴史)は、「歴史時代(有史時代)」以前の歴史の時代区分に当たり、文字を使用する前の人類の歴史である。


 こんばんは。


(あ、またかと、おっしゃらりるれ、お待ちくだされよ、再度、再々度取り上げさせてもらう理由がいくつかあるのです、まんずこのページを改善してくれているようにも感じたからです、そうして俺の理解も若干でも進みましたからか、さらにわかりやすうしてくれているようにも感じたからです、そうして新たに知的興味をおぼえる箇所も散見できましたものですから、ええ、さーせん、たとえばです、上述の通り、「先史時代」を見事にひとことで教えてくださっています、「文字を使用する前の人類の歴史」と。すばらしひ。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

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ずいぶんとつれづれー。


(えー、Wikipedia参照ページなんスけどもー、ここ数か月にわたって遡(さかのぼ)ってみましたところー、「先史時代」の前は「石器時代」、その前は「家畜化」、そして「先史時代」「石器時代」に戻り、そうしてようやく、それらの前が「Y染色体ハプログループ」「最終氷期」「現生人類の拡散」「日本人」「縄文人」、ああーそうかーそうなんでしたかなー。)


 こんばんは。


(ちうことは、といふことはですね、まあまあほぼほぼ調べたきこと、申し上げたきことに漏れなどありませぬ、と申しますか、「漏れ」があるかどうかはわかりませぬけれども、いや、きつとあるのでせうけれども、そうだとしましても、とくにどこかに戻ることもせず、次のお話に移ってしまいましても、まーんず、よろしかろう、んだべかなー。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

はなみずき。   あ。


(昨日の文からですが、一万年前に人類人口が推計500万人、これが農耕普及によって4千年前に8700万人、まあまあまあ、その間が6千年、それだけの時間がありますれば、それこそたくさんのことが起こり得ますが、ええ、だって今から6千年前だなんて、想像もつきませぬよ、ですよね、んが、しかーし、たとえそうでありましても、あー、17倍から18倍の人口増加です。やはり、やっぱりふんげえスよ、農耕。と、言えるのかな、あれ、不安んなってきました。)


 こんばんは。


(んで、さあーて、次にどうすっぺかーとなりまするが、そうなるんスけども、えーと、ええーと、ううーむ、ちぃーとお待ちくだされ、本日はちぃーと、ちいいぃーっとお時間をくだされよ、さーせんー。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

はなみずとじゅうりょく。に。


(なんだかんだで進みました、ええ、ここに戻るのが適切かどうか、もうすでにとうの昔にわからぬ(訂正:ぬ→な)くなっておりまするがー、そんなんしっかと承知いただけることかとーありがとう存じますー。)


 こんばんは。


先史時代 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
先史時代の人類史
中石器時代
 10,000年前:人類の人口が推計500万人に達する。

新石器時代
 8000年前から7,000年前:現代のイラク北部に当たるメソポタミア北域で農耕が始まる。栽培されたものはオオムギやコムギ。当初はビールやグルーアル(粥)またはスープに調理され、後にパンが作られた。
 当時の初期農耕では耕作において棒がよく用いられたが、やがて数世紀後には原始的なプラウに取って代わった。
 エリコに周囲8.5m、高さ8.5mの円筒型石塔が築かれたのもこの時期。

青銅器時代
 4000年前:農耕の普及により人類の人口が推計8700万人に達する。
 3700年前:楔形文字が発明され、文字記録が始まる。
 3000年前:ストーンヘンジの建造が始まる。初期のそれは、56本の木製の柱と円形の溝や傾斜で築かれたものだった。


(ぷひぃー。とん、とん。)

はなみずとじゅうりょく。


(あのー、俺のつまらぬ感想なんスけどもー、「石」はですね、なんとのうわかる気がするんです、おお、この石は硬くてなんしか使えそうですぞとか、 この石はキラキラきれいでなんしか使えそうですぞとか、ですが、「青銅」となりますと、さーせん、あんまり実感がわきませぬとゆう、スズと銅の合金を、 あーしてこーしてしますと、おお、なんしか使えそうですぞ、なんぞと、ううーむ、俺にゃーあんまり想像がつきませぬのですけれどもー、いかがでせうー。)


 こんばんは。


石器時代 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
交易
新石器時代に、石器の原料として最も珍重されたものは、鋭利な刃物を作ることのできる黒曜石だった。しかし黒曜石は火山性のガラスであるため産出地が非常 に限られており、本来なら産地近辺の限られた地域しか使用されていないはずである。しかし実際には産地から遠く離れた遺跡においても黒曜石製の石器の産出 がある。このため、新石器時代にはすでに黒曜石などの必需品を交易する遠隔地交易がはじまっていたと考えられている。

金属器が発明されていない段階での黒曜石の重要性は文明レベルが上がるにつれて高まり、マヤ文明においては文明圏南部のマヤ高地にしか産出しない黒曜石製 の石器が交易網によって文明圏全域に運ばれた。先古典期のカミナルフユや古典期のコパンのように黒曜石を交易品の主力とする都市も生まれ、コパンにおいて は黒曜石の生産と流通を国家がコントロールしていた。


(ぷひぃー。とん、とん。)

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お、おんどさが、きおんさぐわっ。


(あのー、そんなわけでー、ついでながら、とてもとてもおもしろひですんでー、ええ、紹介させてくだされよーさーせんー。)


 こんばんは。


石器時代 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
金石併用時代と石器時代の終焉
 やがて、自然状態で存在する金属を加工することを覚えた人類は、自然銅や自然金といった天然の鉱石を発見し、銅や金といった柔らかくて加工の容易な金属を使用するようになっていった。
 ただしこうした金属は硬度が不足しており、石器を完全に駆逐することはできなかった。
 この時代のことは銅器時代、または金石併用時代と呼ばれる。

 やがて冶金を覚え、スズと銅の合金である青銅を手にした人類は、完全な金属器文明である青銅器時代を迎えることとなった。
 ただし、石器時代の終焉時期は地域によって非常に異なり、なかには紀元後、すなわち西暦1世紀以降に入っても石器時代のままであった文明も存在した。
 こうした文明のうちでもっとも代表的なものはメソアメリカ文明やインカ帝国といった新大陸の諸文明であり、国家を形成し文明と呼ぶに足る高度な文化を築 き上げていたにもかかわらず、冶金技術は非常に遅れており、銅や金などを装飾品として使用する金石併用時代のまま、16世紀初頭にスペインの侵略を受け滅 亡することとなった。


(ぷひぃー。とん、とん。)

こんこんちきちきー。


(昨日の自問への自答なんスけども、どうして狩猟採集にどうしても惹かれてしまいまするのか、その理由は実は簡単でして、と言いますのんは、時間の 長さ、大きさなんでして、いいですか、ばふっと、あくまでばふっと申し上げさせてもらいますると、現生人類、ホモ・サピエンス誕生がざっと20万年前とし まして、定住、農耕牧畜が始まりましたんをざっと1万年前としますと、ざっと95%の時のあいだ、あなたや俺のご先祖さまらは、ずっとずううーっと狩猟採 集をして生きてきたんでありまして、どうですか、95%、もっと言いますと、ホモ・サピエンスのご先祖さまのご先祖さまなんてーのんを考えていきますと、 ざっと200万年前、どうですか、何パーセントになりますか、1万年前なんて鼻くそみたいなもんスよ、あ、ちがうか、さーせん、てなこって、俺が惹かれ る、ゆうよりか、もう自明の前提、あったりめーのこんこんちきよーとなりますのんも無理もありませぬ、いやそれどころか、至極当然なのでありまーす。)


 こんばんは。


石器時代 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
新石器時代
 地域によって違うが、オリエントの肥沃な三日月地帯では、紀元前8000年頃に、中米やメソポタミアでは、紀元前6000年頃に始まった。
 地質学的にいうと、人類が現生動物と共存する完新世に属し、磨かれた石の道具である磨製石器を主な道具としていた時代でもある。

 この時期のもっとも重要な出来事は定住の開始であり、さらにこれに伴って土器の使用、農耕や家畜の飼育が始まり、自給自足の生活へと変わっていったことから「新石器革命」とよぶことがある。
 もっとも、定住を開始したために農耕や土器製作などがはじまったのか、それとも農耕などの各種技術の発見によって定住を開始することになったのかはわかっていない。
 とくにこの時期に行われたオオムギやコムギなど穀物の栽培化は人類の食糧基盤となり、家畜は食糧源や輸送・労働力として重要なものとなり、また土器は石器に比べはるかに製作・成形しやすいものであり、より高度な道具の制作が可能となった。
 こうした発明は以後の技術発展の基礎となるものであり、人類の繁栄の基盤となった。

 また、この新石器革命は社会を複雑化させるきっかけとなった。
 効率的な食料生産はそれまでよりもはるかに大きな人口を扶養することが可能になり、莫大な社会余剰を生み出した。
 この社会余剰を元に、食料生産に直接的に従事しないスペシャリストが生まれ、さらに食糧生産をより増大させるために灌漑などの土木工事が始まり、それを実行するために社会の組織化が始まった。

 しかしはじまりの時期が違うように、生活様式は、地域で大分違っていた。
 例えば日本の縄文時代も新石器時代に位置づけられるが、日本で農耕が発達するのは縄文時代中期以降であり、牧畜は縄文時代を通じて存在しなかった。


(あの、頭のよい方が書く文章は、すすすーっと頭に入ってくる、とってもとってもわかりやすい、ですますことよなあーありがとうございまするー。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

のどがちょと。うへえ。


(自分がなーんで石器時代にこだわるのでせうと、ええ、どうして関心を持つのかしらんと、自分ながらに自分に改めて問いてみますとき、なにやらこの 時代の生活様式や生き方に惹かれている自分がいますなあと、んで、じゃあどうして惹かれますのんと考えてみますと、ううーん、どうしてでせうかー。)


 こんばんは。


石器時代(※含む再掲っス。) 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
中石器時代
紀元前1万年~紀元前8000ないし6000年頃の期間で、氷河が後退しはじめ気候が温暖になったため植物が繁茂し、動物が増えるなど、人間が採集狩猟で 食物を得やすくなった。技術としては、細石器の登場によって代表される。日本列島においては、細石刃の出現が指標となる。

中石器時代は旧石器時代と新石器時代の間のヒトの技術の進化の期間を指す。更新世終期(約10,000年前)に始まり、農業の開始(世界の地域により時期 が異なる)までで終わる。近東地域(地中海沿岸のシリア、エジプト、小アジアなどの地域)では、更新世終期には農業は始まっていた為、中石器時代は短い、 或は無いと分類される。

新石器時代


(て、あ、あの、本日はここで区切らせてくだされ、さーせん、と言いますのも、次がちぃーとまとまった分量ですし、ほんじゃあ小分けして小出しにいたしませうかと思いますとき、いえ、ひとまとまりに一気にご紹介したほうが、よりおわかりいただけることかと判断いたしましたーてなこってスーさーせんー。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

さみーぜ、おっつきさんよー。


(えー、本日は中石器時代 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』んなからー、時期を中心に抜き出してみとーございますればー、ええ、場所ごとにちとばらつきがありそうなもんですからー、よろしうさーせんー、はっ、ははあー。)


 こんばんは。


中石器時代(※抜粋っス。) 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』

レバント地方
(レバントまたはレヴァント(Levant)とは、東部地中海沿岸地方の歴史的な名称。厳密な定義はないが、広義にはトルコ、シリア、レバノン、イスラエル、エジプトを含む地域。)

中石器時代第1期 (紀元前20000年頃-紀元前12150年)
過渡期 紀元前20000年から紀元前18000年頃の気候と環境の変動
移行期 第1期遺跡の終末は紀元前12150年であり、第2期遺跡の始まりは紀元前11140年に遡る。

中石器時代第2期
新たな定住手法と新型の石器
ナトゥーフ文化は、紀元前11000年から紀元前9000年頃にパレスチナとレバノンに出現し、第1期を引き継いだ。

ヨーロッパ
更新世終期(約10,000年前)に始まり、農業の開始までで終わる
氷河が後退しはじめ気候が温暖になったため植物が繁茂し、動物が増えるなど、人間が採集狩猟で食物を得やすくなった。
近東地域(地中海沿岸のシリア、エジプト、小アジアなどの地域)では、更新世終期には農業は始まっていた為、中石器時代は短い、或いは無いと分類
最終氷期の終了により、より劇的な環境変化の効果を経験した地方が、明確に中石器時代

日本
細石刃の出現を指標とし、縄文時代の一部を中石器時代とする説もある。


(感謝感謝ですー。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

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ぼつぼつー。


先史時代 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
石器時代(※再掲っス。)
中石器時代
 この時代の遺跡は少なく点在状態にあり、古代のごみ捨て場である貝塚程度しかめぼしいものが見つからない場合もしばしば
 食糧は貝殻類に限らず動物や鳥類の骨など、また既に犬を飼う習慣を持っていた事、時に人骨や石器類も発見


 こんばんは。


中石器時代 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
中石器時代(Mesolithic)は、石器時代の旧石器時代と新石器時代との中間の期間にあたる。亜旧石器時代(英語: Epipaleolithic)とも呼ばれる。

名称
「中石器時代」という名称の語源は、ギリシャ語でμεσός (Meso, 中間)+ λίθος(lithos, 石)である。

概要
社会の形態は狩猟採集社会であった。この時代の遺跡は極めてまれであり、ほぼ貝塚に限られている。ほとんどの地域の中石器時代は、小型複合燧石(細石器と 細刻器)によって特徴付けられる。漁労具、石製手斧、カヌーや弓矢のような木製品が、いくつかの遺跡で見つかっている。世界の森林地帯では、最初の伐採の 痕跡が見つけられているが、伐採の本格的な開始は、農耕のための特別な土地が必要となった新石器時代初期であったと考えられている。


(感謝感謝ですー。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

ぶひぶひひー。


(さーせん、またも似たようなお話です、さーせん、こんなん考えてみたんス、すなわち、「ヤギ・ヒツジ」グループと、「ウシ・ブタ」グループは、同 じ家畜んなかでもちと性格がちがふ、したがって別々に考えてみる、なーんてこともできなくもなさそうだ、どうであらう、ふんむうー。)


 こんばんは。


(この前提で、お話をもう少し進めてみますと、およそ「農耕」、すなわちほぼ「定住」としますときに、この「定住」ちゅーもんに「ウシ・ブタ」グループは比較的に馴染むんじゃあるめ-かと考えてみたんスよー。)


(「ヤギ・ヒツジ」グループは、こりゃーもう季節によって山を登ったり下りたり、はたまたぽくぽく平行移動をしたり、とにかく「定住」の対極、い や、できなくもなさそうですが、詳しく存じませぬが、ですがそれでも、やはり「ウシ・ブタ」グループとこの面じゃーかなり開きがある、ですよね、とまあ、 そんなことを考えてみたんスけど、いかがでありまっせうー。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

もう師走だなんていやあー。


(そうそう、これも言いたかったのです、あ、や、と申しますか、俺の「ううーん。」とする疑問は、俺のちょっとした違和感は、ここから始まったんでした、すなわち、「農耕牧畜」って、並び称すじゃねーですか、「農耕」と「牧畜」を並列にしますですよね、てこたー、この両者ゆうんは対等、大きさや影響に関してほぼ同等、そんな捉え方になるのでせうか、そんな捉え方が正しいのでせうかー、うむむーどうもなー、どーなんだらうーと、こっからなのでしたー。)


 こんばんは。


(俺んなかで「農耕」のほうがまだ「牧畜」よりか身近なもんですから、ええ、だって「牧畜」と聞きますれば、俺なんかすかさず俺んなかのイメージでアルプス少女ハ×〇(※あ、さーせん、別に隠さなくてもいーんですけど、遊んでみたくなったんス、ただそれだけっス、さーせん。)のペーターだとか、そのブランコっちゃーどーなんだと昭和お約束、立った立った立っ、えーと、あ、けっして下(しも)に向かっちゃなりませんよ、何を言っているんですか、あン、あ、俺スか、えー、本日は大したことがありませぬものですからとかダメっスよ俺ー。)


(あの、お話ついでにこんなんも思い浮かびました、ご参考までにといふことでご参照ください、ほら、こんな言い方をするでねーですか、「半農半漁」だとか「半農半猟」だとか、「半農半牧」、んー、これは聞いたことがありませぬが、これらの「半」ゆうんが正確に「半」てこたーあんまりねーのでねーかと、ええ、わかってます、こだわるところじゃありませぬが、そうとわかっていても、ついついそんなことを考えてまう、そんなことってありませぬかー。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

おぼろー。


(「牧畜」に関してなのですが、先日もお伝えの通りでして、俺の理解なんざーこの程度、ウシやウマよりかヒツジやヤギのほうが家畜化が早かった、先でしたーなんてことも、目から鱗(うろこ)ぽろりんこなもんですからー。)


 こんばんは。


(えーと、再度整理いたしますと、ヤギやヒツジが紀元前8千年紀の前後数千年、ウマが紀元前3000年、ウシが紀元前8000年かそこら、ちなみに イヌが最も遅くても紀元前11000年、ネコの時期はまだぶれぶれー、あ、ネコはいいスか、とまあこんな感じですか、んで、俺の疑問もまだまだ柔らかいの ですけれども、すなわち、何がわからないのかがいまひとつはっきりとわからぬ、俺がつまるところ何を知りたいのかが不明の状態、あの、ご理解いただけます よね、これが典型的な「わかりませぬ」ケースですよね、そんななかでも申しますと、家畜化が先か農耕が先か、すなわち「牧畜」と「農耕」は時期として同時 か、「農耕」が先なんじゃーあるめーか、するってーと「農耕」をはじめたから「牧畜」が可能になったんか、いや、そもそも両者に関係なんかねっぺよーとな るのか、それこそ両者無関係に「牧畜」は「農耕」より先にありましただよーとなるのか、てなこって、なんやかんやで、うーん、こだわりポイントがーなんか 違うようなー別にありますようなーいかがでありまっせうー。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

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