しょういち家頁

「むくどり」を漢字にできますかな。


(ん? 俺スか? よ、よゆーで、で、う、ううう。)


 こんばんは。


(昨日の文スけど、「ピラハン語」っちゃなんだか、気になりませぬかーなりますよねーですよねー。   ねー。)


ピダハン語(ピラハン語から転送)出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』

(う、うわあー。いきなしのびしびしこうげきぃー。)

この記事には複数の問題があります。

ピダハン語(ピダハンご、ピラハ語、ピラハー語、ピラハン語、葡: Língua pirarrã、英: Pirahã language)は、ブラジル・アマゾナス州に居住するピダハン族が用いる固有の言語である。

概要

ムーラ小語族に属しているが、ムーラ小語族の他の言語はポルトガル語の拡大によってここ数世紀の間に消滅したことから、現在はこの語族の唯一の言語であり、孤立した言語に分類される。近縁関係にある可能性の言語にはマタナウイ語(英語版)が存在する。

使用人口は250~380人と見積もられているものの、ピダハン族のほとんどがモノリンガルであり、危機に瀕する言語とは考えられていない。

日本では、2012年にダニエル・エヴェレットによる『ピダハン — 「言語本能」を超える文化と世界観』(みすず書房、原題:Don't sleep, there are snakes、2008年) が出版されたことや、2014年8月16日にNHKEテレ「地球ドラマチック」において『ピダハン 謎の言語を操るアマゾンの民』(原題:The Amazon Code、制作:オーストラリア、2012年)が放送されて以来知られるようになった。

この番組によれば、ピダハン語の文法には再帰が無く、また過去形や未来形といったものが無いという言語学的特徴を備えており、サピア=ウォーフの仮説に新たな視点を与える可能性があるとしている。

しかし、ピダハン語の文法にそのような特徴があるということを認めていない言語学者もいる。ブラジルの国立インディオ財団(FUNAI)が現地への立ち入りやピダハン族との接触を厳しく制限しており、ピダハン族の間で現地調査した言語学者が極めて少ないことが、このような論争を起こす一因となっている。

ピダハン族は、アマゾン川の支流のひとつであるマイシ川沿いの4つの村に住んでいる。1700年頃に、金を求めてやってきたポルトガル人と接したことがあるのみで、外からの影響を拒んで暮してきたが、1950年代に麻疹(はしか)が流行して伝道師を受け入れることになった。


(うお、まだまだ続きます、詳細にわたります、気合が入ったページでざーます、ひとまず本日はここまでにて失礼つかまつりまするーははー。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

気がつけば、あっちゃこっちゃ動物たくさん。


(ううーむ、なるほどまんぞく。)


 こんばんは。


言語の起源 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
コミュニケーション、音声、言語(※続きをよろしくお願いします。)


ヒトの言語をヒト以外のコミュニケーションの体系から区別するカギとなる特性は再帰性であると主張されてきた。

この言語学的な意味での再帰は、例えば(The man with the old crusty eyepatch he wore since WWII) walked to (the store that burned down before his uncle had put down the downpayment)という複合的な文や、あるいはより情報量の少ないThe man walked to the store which the man who walked to the store walked toという文のように、語句の中に語句を挿入する (あるいは埋め込む) ことを言う。

ムクドリ (Sturnus vulgaris) がこの再帰性を含む文法を習得できることがシカゴ大学での実験により明らかになった。
実験者たちはムクドリに文脈独立な中央埋め込みという文法を訓練させた。
ムクドリは文法的に許容できる発話を認め、そうでない発話を拒否することができたと彼らは報告している。

さらに、ピラハン語はヒトの言語でありながら再帰性を示さないとダニエル・エヴェレットが主張している。


(ま、まじスか。ムクドリ、む、むくどり、すごくね?(↑))


(ぷひぃー。とん、とん。)

お猿のお尻のお話をどうか教えてくさい。


(あの、昨日の文なんスけど、文章が終わりに近づくにつれ面白く、それこそ「尻上がり」におもろーなってますとー、そうと思われます、くわあー。)


 こんばんは。


言語の起源 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
コミュニケーション、音声、言語


多くの科学者が音声と言語を区別している。(コミュニケーションのコンテクストとして、そしてとくに概念を形成してそれを伝えるための認知能力としての) 言語は精神遅滞や学習障害でも (特異性言語障害のような) いくつかの場合には使えるし、動物界でも知られていると学者たちは信じている。

例えば、いわゆるトーキング・バードは様々な能力によってヒトの音声をまねることができる。しかしこのヒトの出す音をまねる能力は統語能力の習得とは大きく異なる。

同様に、音声を発することは、現代の手話が証明しているように、言語を使用する上で必須ではない。手話は音声よりむしろ手振りによる記号・文法を言語の基礎として利用している。

モールス信号だとか手旗信号といった者の体系は別の形のコミュニケーションだが、必ずしも言語ではない。


(ぷひぃー。とん、とん。)

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