しょういち家頁

簡単なお話じゃーありませぬー。


(ほわわわー、なんしか「数」と言語の関わりにつきまして、詳しく書いてくださってざーますござーますぶひぶひー。(※←リズム。))


 こんばんは。


ピダハン語 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
サピア=ウォーフの仮説との関係

サピア=ウォーフの仮説では、ある人が話す言語と、その人の世界の認識の仕方には関係があると考えるが、NHK「ピダハン —謎の言語を操るアマゾンの民」ではピンカーが言語と文化は関係がないと話しているのを紹介している。

ピダハン族の数に関する知識とこの仮説の重大な関連性について、フランクらによる結論によると、ピダハン族は目の前にあるものについては数を大体把握できるが、目の前にあるものを、数を認識してくれるよう頼む前に隠してしまうと、困難となってしまう。

— Frank (2008)
正確な数量を持たない言語であっても、それはピダハン族が(沢山のものを数えた場合に、それと等しい)正確な数を必要とする仕事を的確に行うことができないことを意味するわけではない。このことは、「数を表す言葉が、正確な数量という概念を生む」というウォーフの強い主張に反証する。(中略)

それよりも、大きく正確な基数を表現できる言語は、その話者に対して、それよりかは控えめな影響を与えることをピダハン族のケースは示唆している。これらの諸言語では、話者は、空間・時間・モダリティの変化を飛び越えた正確な基数の情報を記憶・比較することが出来る。(中略)

このようにピダハン族は「1」の概念を(それを表す言葉がないが)理解している。さらに彼らは、ある一揃いものに「1」を足す、または引くことによって、一揃いのものの数量が変化することも理解しているように思われる。この知識の一般性は、数を表す言葉を用いて任意の基数にラベルを貼っていく能力がなければ、難しいにもかかわらず。
— Frank (2008)


(ぷひぃー。とん、とん。)

なるほど「言い回し」スかー。


 こんばんは。


ピダハン語 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
語彙(※つづきっスー。)
色の語彙
ピダハン語には色彩を指す抽象語がない数少ない文化の一つであると言われている。こういった文化は、主にアマゾン盆地やニューギニアに見られ、そこでは「明るい」や「暗い」を指すを特定の語のみ存在する。

エヴェレットの博士論文にあるピダハン語の小辞典には、色彩の語彙目録があるものの、その後の20年に及ぶ現地調査から、2006年の論文では、これらは色そのものを指す語彙ではなく、色を描写する言い回し(例えば、赤に対して「血(のような)」という具合)であると考えを改めている。


(ふわあーこれはどうしてなんでせうかー、「数」のお話とおんなじになりますけどもー、特に必要が無い、「色」など識別せずとも、できずとも、日常生活を送る上でなんら支障などありませぬーゆうことなのですかー。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

あつささむさのさかいめ。


 こんばんは。


(昨日申し上げましたお話の後半部分、「そうしてもっと面白いのんが、数に当たる言葉がたったの二つ、「1(hói)」と「2(hoí)」だけーゆう、」のお話につきまして、もちっと付け足させてもらいたくそうろう、と言いますのは、もうこの段階で、すなわち「1(hói)」と「2(hoí)」がどっちも「ホイ」で、音の調子や強さが違うだけーゆう、もうこの段階ですでに、ひどくいい加減だーと申しますか、良い意味で「いい加減」、まあまあどっちでも、どっちだとしてもあんまりこだわりませぬよーゆう、そんなのんびりな、のほほーんな姿勢が、この言語を使うひとたちのお気持ちなんぞがここにこうして表れている、などと思ったといふことを、ええ、お伝え致したく候ー。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

家頁ロゴ頁トップへ